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【8時間もダラダラと歌おう。弾こう。寛ごう。】

ナターシャとわたし



2004年12月2日
梅原智


1. ナターシャとの出会い
 わたしがナターシャの曲をはじめて聴いたのは、高校生のころだったと思います。
 フォークソングそのものは中学生のころから好きだったのですが、当時は70年代フォークの全盛期で、友だちの間でも吉田拓郎さんや井上陽水さん、かぐや姫などが主流でした。
 そんなとき、わたしよりも少し遅れてフォークソングに興味を持った弟が、「友だちの家で聴いた」と言って教えてくれたのがナターシャだったのです。
 でも、当時のわたしはちょうどグレ始めた(?)ころで、そのさわやかで明るい楽曲にはあまり興味を持っていませんでした。
 その後、無事に更生(?)して保育の道をめざすようになり、「保育現場で音楽を活かそう!」と思って子ども向けの歌を調べていたところ、妹が持っていた一枚のLPに出会ったのです。
 それが「107 SONG BOOK SERIES」のひとつである「ハンぷティ・ダンぷティ〜マザー・グース編〜」でした。
 それ以来、保育の現場ではもちろん、家でも音楽仲間といるときでも、ナターシャの曲を歌うようになりました。

2. ナターシャとの再会
 保育はとてもやりがいのある仕事でしたが、ひよわ(?)なわたしには少々キツかったらしく、就職してからわずか三ヶ月でクビになってしまいました...(;_;)
 その後、結婚して子どもが生まれたこともあり、一時は音楽から離れていました。
 しかし、子どもたちが大きくなったある日、一度解散したナターシャが再結成され、渋谷でコンサートを開くという話を聞いたのです。
 最初に聞いたのはすでに終わってからでしたが、翌年から毎年夏に行われるようになり、わたしも家族全員で聴きに行きました。
 はじめのうちは「親に連れられて...」無理やりだった子どもたちも、途中からは夢中で聴くようになり、最終的には「あんな楽器がやってみたい」と言ってバンジョーやギターを買うまでになりました。

3. ナターシャとGreen Grass、ゆぁ・ふれんず
 子どもたちの誕生日に楽器を買ってから、週末の過ごし方がすっかり変わりました。
 それまでは、公園や遊園地に行って何となく過ごしていたのが、みんなで楽器の練習をするようになったのです。
 すぐにマンドリンとオートハープも買い求め、ブルーグラスやオールド・タイムで使われる楽器がそろいました。
 ちょうどそのころ、会社の音楽仲間から「自分たちの企画したライブに参加してほしい」という依頼があったため、子どもたちと組んだ親子バンド「Green Grass」として参加しました。
 楽器を始めてからわずか数ヶ月で、技術的にはとても人さまに聴いていただくレベルではなかったのですが、子どもたちの音楽の楽しさにめざめたようで「次はいつやるの?」と聞いてくるほどでした。
 若い分、子どもたちの進歩はいちじるしく、一年もするとわたしの方がついていけなくなってしまいましたが、その分活動の幅も広がって、いろんな人から教わることができたようです。
 仲間が仲間を呼び、ついにはナターシャ好きが集まる定期企画「ナターシャ・ナイト」が行われるようになりました。
 ここで知り合った浅山さんは、今回の「ハチダラ」を企画してくださった方で、昔なつかしい曲をたくさん教えてくださいました。
 また、われわれが「ナターシャ・ナイト」に連れて行ったブルーグラス好きのFairy蒔絵さんと、まきえさんの親友であるよっすぃ〜さんとは、その後「ゆぁ・ふれんず」というグループを組むまでになりました。
 たくさんの音楽好きな仲間と知り合い、音楽を通した活動の中で人間関係を広めることができて、本当にうれしく思っています。
 ナターシャの音楽が、これからも多くの人を結びつけるキッカケになることを願ってやみません...

12月2日更新
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